【ほのぼの家族 夏祭り】
●ルミナ、スピカ、クロノがほのぼの家族してる話。
・クロノ→父
・ルミナ→母
・スピカ→子
●呉羽ちょんからリクエスト。「夏祭り」をテーマに書きました。
●現実世界寄りだけど、魔獣有りな世界観。
●今回は文章でいきます。
注)本編には一ミリも関係ありません。
「おい、見ろスピカ!こんなに取れたぞ!」
「ふ、甘いわね。見てよスピカ、私の方が凄いわ!」
目をキラキラ輝かせながら、器に積み上がる金魚を掲げる大の大人2人。
「お客さ~ん…その辺で勘弁しといてや~…」
ねっとりとした口調でパタパタと団扇を動かしながら呟く屋台のおじちゃん。
「あら、はいはい取り放題やで!破れるまでなー!!って威勢良く呼び込みしたのあんたでしょ」
「おっしゃー、でかいのトッタドー!!」
おら、見ろスピカ!マジでかいから!
興奮気味にこちらを見やる父親に思わず笑みがこぼれる。
「上手だねー」なんて呟くと、屋台のおじちゃんが「どっちが親なんだかわからねぇなぁ」と溜息をついた。
ホント子供みたいだよなぁこの人達。
金魚すくいでこんなにはしゃいじゃって。
見てて飽きないや。楽しい。嬉しそうにしちゃって。
そういうところが、たまらなく大好きだけど。
「僕、射的やりたい」と言うと「おっしゃー!やるか!」「射的ねー、懐かしいわ!」なんてノリノリで腕まくりなんかしてたりする。
金魚を袋に入れてもらい、提灯で飾られた通りを歩く。
着慣れない甚平。スースーする。
母さんが「やっだー、かわいい!」なんていいながら着付けてくれた。
その母さんは髪を後ろで結い上げ、浴衣に身を包んでいた。
父さんに「お前綺麗なんだなー」なんてマジマジと言われ、「褒めても何も出ないわよ!」と最大級に照れながら父を小突いていた。
小突かれた父は窓の外にぶっ飛んでいた。
「さ、まずはスピカからね!」
お目当ての射的にありつくと、僕はよーしと銃を構える。
前の家族連れが何発か撃ったのを見ていたので、だいたいの威力と弾の軌道は把握できている。
くんと引き金をひくと、小気味良い音をたてて景品の一つが倒れた。
「うおぉぉ、さっすが!」
父さんがくしゃりと僕の頭を撫でる。
父さんの手は大きい。
その手にわしゃわしゃとされて最後にポンと叩かれると、認められたようで嬉しくなる。
「オレもオレも~!」
父さんが横に立って無駄のない動きで銃を構えた。
黒の着流しがやけに似合っている。
元々の容姿も合わさって、父さんにはチラチラと熱い視線が向けられているのだが、当の本人は全く気づいていない。
父さんはカッコイイと、僕も思う。
「おっしゃあ、私も!」
母も参戦し、3人で次々と景品をゲット。
射的屋の兄ちゃんが「お見事~!」「持ってけドロボー!」なんて言いながら鐘を振る。
背後には何時の間にか人集りができていた。
「もう一回だっ!」
「ふ、勝負よクロノ!手持ちで何個倒せるか、ね」
「いいぜー。オレが勝ったら三食アイスな!」
「私が勝ったら一週間アイス抜きよ」
僕はというと早々に弾を撃ち終わって満足し、2人の遣り取りを眺めていた。
2人のバトルはここから白熱していく。金魚すくいの時もそうだった。
何回勝負しても決着がつかず、射的屋の兄ちゃんの方が降参するんだろうな。
そんなことをぼんやり思いながら、乾いた音と共にパタパタと倒れていく景品を見ていた。
頭上を飛び交う2人の声に、仲がいいなぁなんて笑いながら。
―――――――て―……
ふと、何か声が聞こえたような気がして後ろを振り返る。
僕らを囲む群衆の中の数人と目が合った。
「坊や、上手だね」「おめぇの両親何もんだ?」などど声をかけてくる人々に にこっと笑みだけ返すと、声の正体を探る。
違う、こんな近くから聞こえるような声じゃない。
もっと遠くて、だけど頭のなかに響いてくるような…。
―――――たすけ て……
「………………」
……これ、聞いちゃいけない声かもなぁ…なんて思いながら視線を前に戻す。
うーん…、聞かなかったことにしよう。
「見ろ!スピカ!ミラクルが起きた!3つ同時に倒してやったぜ!!」
「…っち、やっば。斯くなる上は流氣術を併用して…」
「おぅ、聞こえてんぞ。それ反則だかんな」
「ちゃらんぽらんなアンタから『反則』なんて言葉が聞けるなんてね」
「ま、観念しろこの勝負俺がもらっ―――っとぅおぉぉいい!」
「アラ失礼、足が滑ったわ」
「外しちまっただろぉぉ!」
「ほんとだわ、これなら追いつけるかも」
2人の遣り取りが頭の中を通り過ぎる。
いつもなら笑えるところなのに、何だか笑う気持ちになれない。
僕は心を落ち着けて、もう一度聞き耳をたてた。
しかし何も聞こえない。
…気のせい? …いや、でも確かに聞こえた。
小さな女の子の泣きそうな声。
他の人には聞こえなかったのかな?
この喧騒の中だ。コルク弾の音もある。
聞こえるわけないよな。あんな小さな声。
…じゃあ何で僕には聞こえたんだろ。
……うーん……
「―――な!スピカ!」
と、突然話を振られて「え?あ―うん」と曖昧に頷く。
全然聞いてなかった。
…駄目だ、やっぱ気になる。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
僕はそっと両親のそばを離れた。
もう少し声を探るだけ。
正体をはっきりさせないと祭りを楽しめない。
無茶はしないし深入りするつもりもない。探るだけ。
「場所わかる?1人で行けるー?」
人垣をすり抜けようとした僕に母さんから声がかかる。
僕は「大丈夫ー!」と返事をして、射的屋を後にした。
結局勝負はつかぬまま景品が尽きた。
仕留めた景品の量が膨大すぎる。スピカが喜びそうなものをいくつか選んで後は店に返した。
背後にできていた人集りも散り、涼しい風が通る。
「あー、遊んだ遊んだ!」
横でクロノがくあっと伸びをする。
黒の着流し姿。妙に男の色気が引き立ち、見惚れそうになるのが癪で無理矢理顔をそらした。
このアイス馬鹿に見惚れるとかマジあり得ないから。
何、何なのこれ。浴衣マジック?勘弁して。
「スピカおっせぇな。暫くここで待つか」
どかっと植木を囲む石塀に腰を降ろすと、おめぇも隣に座れと言うようにポンポンと隣を叩いた。
慣れない草履のせいでちょうど足が疲れたところだ。拒む理由もないので私も腰を落ち着ける。
「お金を少し持たせてあるから、屋台に並んで好きなもの買ってるかもしれないわね」
スピカはあまりワガママを言わない。
アレしたいコレしたい、○○○が欲しい、○○じゃなきゃ嫌だ、なんて駄々をこねている姿なんてそうそう見ない。
だから「僕、射的やりたい」ってスピカが言った時はめちゃめちゃ嬉しかった。おっしゃーやろうぜー!!ってな気分になった。
多分今隣に座ってる人も同じ気分だったと思う。この人はこの人でスピカ大好き人間だから。
…ま、最終的には何やかんや私とクロノのガチバトルになってスピカは後ろに控えてたような気がするけど…
とにかく年の割に自制心が強い子だから、今日みたいな日は少しくらいハメを外して楽しんで欲しいものだ。
もし何か欲しいものや興味を引くものがあって寄り道して楽しんでいるなら、それはそれでとても嬉しく思う。
「オレアイス食いてぇ」
年の割に自制心がない男が何かつぶやいている。
「私は肉が食べたい」
あれ、私もか。
うーん、だって風に乗って焼き鳥のいい匂いが…マジ腹減った。
「負けた方がパシりな」
「望むところ」
2人の間に火花が散る。
私が買いに出てもいいのだが、勝負ならば負けたくない。
1回でビシッと決めてやるぜっ!
―――っせーの!
「「―――ジャンケンポイ!!!」」
生ハムメロン~生ハムメロン~
生ハムメロン味のアーイース~
うおぉぉ よっしゃあ!! 今年も出てた!!!
前方に生ハムメロンアイスを出している屋台を確認。
心の中でガッツポーズ。
よーし、待ってろ。後で行くからな!
オレは今絶賛パシリ中。
ルミナは勝負のかかったジャンケンでは力が入り過ぎるのか何だか知らないが大抵グーを出す。
あいつはそんな自分の癖に気づいてないようだけど。
だからオレはチョキを出した。
そろそろあいつの足も疲れてきたみたいだったしな。慣れないモン履くからだ。
それに―――スピカの動向が気になったから。
射的屋に歩いてくるまでにトイレはあった。
いくら屋台や人でがちゃがちゃしていても、スピカのことだ、気づいていないはずがない。
それなのにあいつは全く別の方へ向かった。
何の迷いもなく。まるで何かに導かれるかのように。
そして未だに戻らない。
別に、スピカが何をしていようと、とやかく何かを言うつもりはない。
が、何やってんのか、ちょっとばかし気になる。
だからパシリついでに様子を見にきたわけだ。
「あっれー…」
しかし並ぶ屋台はここで終点。
仮設トイレが設置されていたので念の為覗くが、スピカの姿は見当たらない。
運悪くすれ違ったか…いや、オレがスピカの姿を見落とすはずがない。
ま、ぼちぼち肉やらアイスやらを買いながら戻るか。
ルミナの腹が鳴ってるだろうし。
案外もうすでに用事を済ませてルミナの元にひょっこり帰ってるかも。
そう気持ちを切り替えて踵を返す。
「もしかして兄ちゃん、甚平着た男の子を探してんじゃねぇのかぃ?」
ふと、屋台から声がかかる。
忙しくたこ焼きをひっくり返しているおっちゃんだ。
「おー、知ってんのか?」
「それがよ、その先の茂みかきわけて奥へふらっといっちまったのよ。
そっちは魔獣除けされてないから危ないぞって言ってんのに、大丈夫、なんてにこって笑って行っちまいやがった」
「この茂みの奥に?」
「おう。かっわいい顔してやがったなー。モデルか何かやってんのかい」
「家で天使やってるけど」
冗談めかしてそう言うと「そいつぁ、いいや」と豪快に笑われた。
「それが数分前の話さね。まだ戻らねぇよ」
「サンキュー。助かった。因みに、そこのトイレに寄ったりしてた?」
「いいや。トイレなんて目もくれず走って行ったさ。それが何かあんのかぃ?」
「何もねぇ。そいじゃ!」
やっぱりトイレ目当てじゃねぇなぁ…。屋台目当てでもねぇ。
何がしたいんだ?スピカは。
茂みをかきわけて奥へ進むと、後ろから「気ぃつけろよー!」と声がかかった。
――――たすけて…
声に導かれるまま、僕は雑木林を進む。
斜面を小走りに駆け下りた。
祭りの喧騒はもう聞こえない。
――――誰か…
僕の勘違いではない。
確かに聞こえる女の子の助けを呼ぶ声。
次第にはっきり、確かなものになっていく。
僕は一度立ち止まり、耳を澄ませ周囲を見回す。
この近くだ。
震える小さな声。
泣き疲れて嗄れた声。
よくわからないけど、目の前の茂みの奥にその子がいるような気がして
そっと茂みをかきわけたら―――…本当にいた。
うずくまる女の子の姿。
珍しい髪色。銀色に光ってる。
白地に紫色の紋様のついた浴衣を着ていた。
顔を伏せてすすり泣いて、絞り出すように助けてって言ってる。
やっと見つけた、と思った。
けど、見つけてしまってどうしよう、とも思った。
格好からして、祭りに来ていてはぐれたんだろうな…
どうしてこんなところまで来れたんだってくらい不思議なはぐれ方してるけど…
取り敢えず、屋台の出ている通りまで連れて帰ろう。
たこ焼き屋のおじさん曰くここは魔獣除けの範囲外らしいから、長居していい場所ではないことぐらいわかる。
僕は女の子のそばまで歩み寄って、その肩を叩いた。
キラキラ光る、蝶々がいたの。
光の具合で色がかわる、不思議な蝶々。
私は、祭の気分に浮かれてて、
ヒラヒラと舞う蝶々に、フラフラとついていった。
蝶々は木々の中に入り、私もそれを追った。
少し祭りの通りからは外れたけど、まだまだ屋台の光は見えるし人の声も聞こえる。
戻ればすぐの距離。
だから大丈夫だって思ってた。
蝶々が花にとまる。
捕まえるつもりはなかった。側に寄って眺めたかっただけ。
綺麗な蝶々が綺麗な花の上で一休み。
そっと近づき、隣にしゃがみ込んだ。
思わず笑みがこぼれる。
そして、
――――バクッ
綺麗な花が、綺麗な蝶を喰った。
「……………」
むっくむっくと、蝶を包み込んだ花びらが収縮する。まるで咀嚼しているかのよう。
その後、ゴックンと飲み込んで、あぁおいしかったというようにペロッと舌舐めずり。
……え、舌?
固まったまま眺めていると、ゆるゆると花びらが開いて私の方に向く。
雄しべや雌しべがついているところに細かいトゲトゲの歯がびっしりと並んでいるのがよく見えた。
……え、歯…?
混乱しすぎて、花っていうものが何だったのかわからなくなる。
目の前で、よだれを垂らしているのは…花?
威嚇するようにシャ――っ!!!と口(?)を開く花に心底驚いてなりふり構わず逃げる。
びっくりしすぎてキャーとも言えなかった。
走った先で同じような花がシャ――!!!と茎を鞭のようにしならせて襲ってっくる。
急ブレーキをかけて反対側へ。
よくみればこの辺り一体はその花で埋め尽くされていた。ぞぞぞと鳥肌が立つ。
あっちもこっちもシャーシャーシャーシャー、私はもう訳がわからないまま花から逃げ回った。
そして気づいたら…森の深みにはまりこんでいた。
しばらくは頑張った。歩き回っていればいずれどこか別の道にでも行き当たるはずだと思っていた。
けど、歩いても歩いても同じような風景で。
歩けば歩くほど深みにはまっていくような気がして歩けなくなった。
私に向けて口を開く花の映像が頭にこびりついて足がすくむ。
あの花の群れはやりすごしたものの、他に得体のしれない生き物がこの森に潜んでいそうで落ち着かない。
後ろの木が動いたような気がする…
あの蔓は蛇…?
茂みが動いた、何かいる…
―――怖い…
こんなところで止まっているのは怖い、けれど、歩けない。
もう歩けない。
一緒に祭りにきていたおじいちゃんとおばあちゃんの顔が浮かぶ。
「おじーちゃぁん!おば――ちゃぁん!!」
きっと今頃探してる。
「ここだよぉ―――っ!!助けて―――っ!!」
……………
叫んだ後の、しんとした静寂に心が折れた。
堪えていたものが涙になって溢れ出た。
泣きながらおじいちゃんとおばあちゃんを何度も呼んだ。
最後には誰でもいいからと、
せめて誰か見つけて助けてと、叫び続けた。
叫んでも叫んでも誰も来なかった。
けど叫んでないとおかしくなってしまいそうでずっと叫んでいた。
やがて声が嗄れた。
それでもうわ言のように助けてと繰り返しながらうずくまる。
蝶なんか追いかけて、馬鹿みたい…。
…馬鹿みたい……何が祭りか……。
そんな時だ。
突然肩を叩かれたのは。
当然私は驚いて、毛を逆立てた猫のようにその場をとびすさった。
何が襲ってきたのかと、素早く振り返って確認すると、
「大丈夫…?」
私と同じくらいの男の子が、少し困惑した顔で私を見てた。
あまりに顔立ちが整っていたので、人間じゃないなとぼんやり思った。
森の妖精かも。
「…一応街で人間やってますけど…」
真顔で男の子が答えた。
どうやら思考が口に漏れていたようで、慌てて「ち、違うの、ごめん!なんでもない!」とかき消す。
かあっと顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「祭りに来てて、迷ったの?」
男の子の冷静な声に、取り乱していた気持ちを落ち着けてコクコクと頷く。
男の子はさして驚く様子もなく「そっか」と頷き返した。
「取り敢えず、屋台の出てる通りに戻ろう。ここは危ないから」
と言って手を差し出す。
―――あなた、救世主ですか?
私はしっかりその手を握ると、男の子に導かれるまま進んだ。
私と同じくらいの子供なのに、足取りはしっかりしていて迷う様子がない。
こんな森の深みをよく歩けるなと感心し、そしてすっかり安心した。
ふと、疑問に思って男の子に問う。
「あなたはどうして、こんなところにいたの?」
男の子は歩きながら顔だけこちらに向けた。
「助けてって聞こえたから来たんだよ」
「……聞こえたの?私の声…」
「うん。最初は無視してたけど」
無視してたんかい。
「気になったから来た」
「……」
…叫んで、良かった。
誰にも届いてないと思ってた。
…届いてたんだ。
胸があったかくなって、じんわり目の前が霞んだ。
「…ありがとう。…ありがとう、ありがとう」
気持ちを声に出すと涙もぽろぽろ出て、私はありがとうしか言えなくなって何度も繰り返した。
「いいよ、わかったから」
男の子は何時の間にか立ち止まっていて、少し困惑した顔で私を見てた。
困らせてしまったかと涙を引っ込めると、男の子は何故だかにこっと笑った。
「行こう」
不思議な魅力を持った子だなと思った。
再び男の子に手を引かれ、私たちは森を歩き始める。
こんな形の木があったような気がする。
そういえば、斜面下ったっけ…。
などとぼんやり思い出しながら男の子に付き従って足早に歩いた。
なんの迷いもなく進む男の子の足。
その歩みが急に止まって、ぶつかりそうになった。
「どうしたの?」
「しっ、…ちょっと静かに」
硬い表情で何かを探るように周囲に視線を巡らす男の子。
その引き締まった顔に緊迫したものを読み取り、私の体も硬くなる。
「―――…何か来る」
「何かって、何…?」
「わからない…」
葉と葉の擦れ合う音が遠くに聞こえた。
思わず男の子を握る手の力が強くなる。
男の子がそれをキュッと握り返した。
「大丈夫、何とかする」
何とかって、どうするんだろう…
私たちには手に負えないモンスターや何かが出て来たら…?
私は小さな男の子の背にきゅっと体を寄せた。
その瞬間、
左右から突然何かが飛び出してきて驚きのあまりに体が震えた。
わけがわからないまま「キャ――――ッ!!!!」と叫んで男の子の背中にしがみつく。
「スーピカ―――ァ!!!」
「みーっけ!お前なにやってんだこんなところで」
人の声。
「…父さん?…母さんも」
――― 父さん 、母さん…??
ゆっくり目を開けると、そこには浴衣を着た大人の人が2人。
「あれ?」「んぁ?」
その2人が、同時にお互いを見た。
「何でルミナがこんなところにいるんだ?」
「あんたこそパシリはどうしたのよ、全然帰ってこないから待ちきれずに焼き鳥屋の焼き鳥食べちゃったわよ」
「おー、悪りぃ悪りぃ。スピカが山に入ってったって目撃情報を入手してよ、捜索してたんだぜ。
で、お前は?」
「私も似たようなもんよ。浴衣着た女の子が森に入っていくのを見た気がするっていう祭り客の話を小耳に挟んでね。
まさかスピカなんじゃないかと……」
「………」
「あ、ゴメン、スピカ。だってアンタ可愛いから。女の子と見間違えられててもおかしくないわよ。
大丈夫、母さんだって子供の時はよく男の子と勘違いされて「坊や、坊や」って――」
「…あの」
男の子の背中から顔を出しておずおずと声をかけると、視線が一気に集まった。
「浴衣着た女の子、って、多分私のことかな…と思います。ここで迷ってたのを、えと、助けてもらって…」
しばらく沈黙があったのち、黒の浴衣に身を包んだ男の人が、私と男の子を交互に眺めて
「おっと、そいつぁ邪魔しちまったなぁ」とだけ呟いた。
実は帰り道がよくわかっていない母さんと、ちゃらんぽらんに進む父さんを率いて祭りの会場に戻った。
女の子の祖父母が何度も何度もお礼を言って女の子を引き取った。
さよならの意味を込めて手を振ると、女の子は何故か祖父母のもとを離れ、こちらに走り寄ってきた。
「あの、私セリス。あなたの名前は?」
「スピカ」と答えると「スピカ君…」と復唱した。
君付けで呼ばれるとなんだかむず痒い。
あれおかしいな、近所のおばちゃんにそう呼ばれてもこんなこと思わないのに。
「今日は本当にありがとう。今度うちに遊びにきて。美味しい紅茶ご馳走するから」
わかったと頷くと、セリスと名乗った女の子は花が咲いたように笑った。
僕の手をぎゅっと握り「絶対よ」と念をおすと、またふわっと笑って「本当にありがとう」とお礼を述べた。
そしてほっぺにチューをして走り去る。
いや…ほっぺにチューて…。
挨拶だよな…?
何にせよ、助けられて良かった。
でも、勝手なことして父さんと母さんには迷惑をかけてしまった。
何て言って謝ろうか…。
おずおずと両親を振り返ると、にやにやと半笑いの両親と目が合った。
「…………何…?」
「いや、別にぃ。なんでもないわよ」
「お前も隅に置けねぇなぁ」
「…………」
何か面白くないな、その顔何なんだ。
謝る気も失せてプイッと顔を背けると、「まぁ、ま」なんて言いながら父さんがひょいっと僕を持ち上げた。
そのまま肩車する。
父さんの背は高い。だから父さんに肩車されるとずいぶんと見晴らしが良くなって気持ちがいい。
少し気分が高揚した。きゅっと頭にしがみつく。
「腹減っただろー?何食いたい?」
…僕が勝手をしたことについては、何も言わないんだ…。
父さんはそういう人だ。
「んーと、りんご飴」
僕が適当に目についたものを言うと、「わかった、りんご飴な」と父さんが返す。
父さんはちゃらんぽらんなことをしているように見えて、ちゃんと人のこと見てる。
僕の力量をある程度認めてくれているみたいで、無闇やたらに手を出してこない。
だけどこうやってさりげなく、欲しいものを僕に降り注いでくれる。
その加減が何とも絶妙なんだ。
「りんご飴か、りんご飴な~。でもあれって食べにくいからな。アイスにしとこっか。生ハムメロン味の」
「何でだよ」
ツッコミがてら首に手刀を入れるとゴキっと鈍い音がした。
あ、思い切り入れちゃった。
でもまぁいいか。父さん頑丈だし。
実際父さんは何ともないようにあははと笑って「お前キレがいいな~」なんて暢気に呟いている。
横では母さんが「肉も食べないと力が出ないわよ!」と肉を推していた。
母さんも母さんで何も言ってこない。
もともと何かを引きずるタイプではない。
例え何かに怒ったとしても一回ぶっ飛ばせば、はい、お終い。さばっとした男前だ。
この調子だと、今回のことをもうとやかく言う気はないようだ。
このまま『いつも通り』に戻っていくこともできたけど…
…けど、やっぱりちゃんと言っておかなくちゃ。
「父さん、母さん…」
改まった僕の言葉に、母さんが何事かと僕を見上げる。
しがみつく手に力が入ったのを感じ取ったのか、父さんが「…どした?」とやけに真面目な声で聞いてきた。
「…今日は勝手なことして…迷惑かけて、ゴメンなさい」
父さんと母さんが静かに耳を傾ける。僕は続けた。
「まさか、探しにきてくれるとは思わなくて…あんな山奥まで」
母さんと父さんは子供のように2人で盛り上がっていて、僕がちょっと抜けたところで別に問題ないだろうと思っていた。
僕は子供だけど、腕に少しは覚えがあるから、森なんかでくたばるつもりはない。
自分の心配なんてサラサラしてなかった。
だから自分が心配されるなんてサラサラ思ってなかった。
こんなに気にかけて貰えるなんて、思ってもみなかった。
「僕…」
父さんの頭の上に顔を乗せ、ぎゅっとしがみつく。
大好きだなぁ、この人たちのこと。
「…嬉しかったんだ。父さんと母さんが探しに来てくれて…」
あれ、おかしいや、謝らなきゃいけないのに何言ってんだろ自分。
「…ありがとう。もう迷惑かけません」
まあいいや。もう、いいや。これが本当の気持ち。
心配して欲しいだなんて、本当子供みたい。
でもいいや、僕子供なんだし。
今日ぐらい甘えたっていいはずだ、この肩車に。
――この2人に。
父さんの髪にもふっと頬を埋めて、母さんがにありったけの笑顔を向けた。
「あー、…こほん、そんなキラッキラとめちゃくそ可愛い顔しても母さん肉しかおごらないわよー…。
…じゃ、なくて…」
母さんは僕の髪をくしゃっと撫でながらため息をついた。
「あんたねぇ、何言ってんの。迷惑かけません、なんて言われると、母さん悲しいんだけど。
自立するのもうちょっと先にしてくんない?」
そう言ったあと「いつまでキュンとしてんのよ、あんたも何か言いなさい」と父さんの足を蹴った。
「あー、…ゴホン。んー、そーだなぁ」
父さんは不自然に咳をすると、ポリポリと頬をかく。
「お前はお前のやりたいと思ったことをしに行って、そんでやり遂げたんだよな。父ちゃん嬉しいんだぞー。
…迷惑なんて思っちゃいないさ。あんま考えすぎて畏まって小さくなるなよ。
父ちゃんはお前のそういうところだけ心配だー」
…父さん…
「クロノがまともなことを言うと鳥肌たつわね…」
「おめーが何か言えっていったんだろーがよ」
この2人の茶化しあいは相変わらずで、僕は思わず笑った。
目が合うと母さんも笑って「スピカかわい過ぎるわ、何ならほっぺチューする?」と酔っ払いのように言って頭を撫でた。
その手がくすぐったかった。
「さて、アイス、アイス!」
「うおっ!」
急に走り出す父さんに僕は振り落とされないようにしっかりとしがみついた。
父さんはアイス、母さんは肉、僕はりんご飴にそれぞれかじりついた時、どーんと花火があがる。
「おー、花火だ」
「夏ってかんじねー!」
人々は足をとめ、しばらくの間花火の迫力に魅入った。
父さんと母さんと、花火が見られてよかった。
あの、セリスって子も、どこかでこれを見てるかな。
また来年も、一緒に夏祭りに来ようね。
そう願って、両親の手を握ると、
もちろん2人は
しっかりと握り返してくれた。
ほのぼの家族 夏祭り ≪おわり≫
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